「そばまきとんぼ」の巻
幼い頃、祖父に連れられて、お盆の墓参りに行ったとき、山裾の小高い墓地に立つと、青空に赤トンボが群れをなして飛んでいた。それを見て、祖父が「早ぁ、ソバマキトンボが出たなぁ」と言ったのが、赤トンボをそう呼ぶと知った初めだったが、後にこの辺りで「赤トンボが出たら蕎麦を蒔け」と言われている事を知って、その謂れを理解した。
ここでいう蕎麦はもちろん秋蕎麦である。そう言えば、トンボは別名アキツで、古くはアキヅといった。これはアキヅムシの略で、意味は「秋出(いづ)る虫」である。虫は普通、啓蟄(けいちつ)といって、陰暦二月頃に一斉に出てくるのだが、秋に出る虫は珍しいのでその名が付いたのだろう。
山村秩父の人達は、益虫と言われ、日本に約200種類もいるというトンボと共存しながら、赤トンボの出る気温や気象に、秋蕎麦蒔きの適期を知り、それを子孫に伝えるために、ソバマキトンボの名を付けたものである。